波の目線と自分の目線をシンクロさせ、自然界の自由さを切り撮る
「写真は中学3年のときからずっと撮っていました。昆虫採集とかが好きな小学生だったので、最初は昆虫が卵から孵化し、成虫になるところまで撮っていました。でも、昆虫採集は捕まえてから展翅、針を刺して殺さないといけないので、それが可哀相なので写真に切り換えたというのがきっかけです。
昨年、ヴィジュアル誌『FOIL(フォイル)』の公募で、写真集『NAMI』で第1回グランプリを受賞した佐渡島在住の梶井照陰氏。重量感を伴う波の力や変化に富んだ表情は、見るものを圧倒する。
梶井氏は、昆虫少年から高校時代は登山部に在籍。登山と同時に自然の風景へ惹かれ、その後、大学時代には海外にも足をのばすようになり、人物を撮る機会が多くなったという。波を撮りはじめたのは、2~3年前。虫から人になり、今住んでいる佐渡の海を撮りたい、「波を撮りたい」という衝動に駆られた。今回の写真集は、過去2年間ほどのあいだに撮りためたものを1冊にしたという。
波を見ていて感じるのは、決まっていないというか、同じことが二度と起こらない点がすごく面白い。昨年はとくに荒れたそうで、高いときには11メートルぐらいもの波があったという。
「波はいつも見ていて飽きず、凄いなと思っていたのですが、ある時、自分の目線が波の目線とシンクロしたのです。そのときにたった波が、今まで見たこともない表情に見え、それで撮れると直感したのです。そうやって波の視線みたいなものにシフトすると、ほんのすこし風が吹いただけでも表情が変わり、風が強く吹くと波に縞模様ができて、雨粒が落ちてくると波に水滴ができるなど、どんどん表情が変わる。毎日全部違う表情というのが、面白いし、魅力。スケールの大きい自然界の自由さを感じますね」
実際の撮影は浜に寝転がったり、海に浸かったり、潜ったりしながら撮影している。一度流されかけたこともあり、防水バッグに入れていたカメラ以外は、全てだめにしたこともあるという。また、祖父の観音寺というお寺が佐渡島の一番北の最果てにあることから、梶井さんはもともと密教系に興味があり、高野山で修行を行い、写真の傍ら住職もしている。
「お経を読んで集中していると、別世界へ一歩踏み越えるか、踏み越えないかという、ぎりぎりの感覚があります。自分を見ているもうひとりの自分がいる感覚です。波も、これ以上近づいたらのみ込まれる、そのぎりぎりのところを撮りたいというのはあります」
今、彼は『NAMI』の写真を撮り続けるが、村の老人たち300人ぐらいを撮りためている。その中で、村の昔の話を伝えていきたい、伝えていかないといけないと思っているという。「何十年かかるかわからないのですが形にできたら、と思います」