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こうかんエッセイ 第24回 ~コスモと考えるフィランソロピーの今日・未来(あした)~

最新エッセイ 2009年7月10日Vol.24

今日は、劇場に行こう!バレエには人を元気にする力があります。

新国立劇場 舞踊チーフプロデューサー 永田 宜子

バレエは、オペラと同様にルネッサンス期にイタリアで始まったといわれています。言葉のない、セリフも歌詞もない劇場芸術として、長い時間をかけて発達してきました。オペラが、全身全霊をかけて人間の声を鍛えて抜いた芸術であるなら、バレエは、文字通り全身全霊を鍛えて、その鍛え上げた身体によって舞台上で音楽やドラマを描き出す舞台芸術です。

バレエは、近年、日本だけでなく世界的に見ても高い人気を博する劇場芸術となってきました。個性をもったダンサーが登場してきたことにもよりますが、舞台演出や美術デザインに新しい試みがなされて、劇場を訪れる観客の期待に応える感動を生み出していることが、大きな理由のように思います。

私とバレエのかかわり

私は、当時フランス語を勉強していたアテネ・フランセで知り合った方のご紹介により、1988年から牧阿佐美バレエ団に入りました。幼稚園から小学校低学年まで地元の小さなバレエ教室で数年間バレエを習っていたことがありましたが、指導していたバレエ教師にお子さんが生まれて稽古場は閉鎖となり、私の舞踊キャリアは幼くしてストップ。それ以来、バレエ芸術にかかわることなど想像もしませんでしたから、今こうして20年以上もバレエとともに歩むことになるとは夢にも思いませんでした。人生は、実に不思議です。

牧阿佐美バレエ団では、企画・プロデュースの仕事をしていました。その間には、海外アーティストを招いて日本での舞台制作を行っただけではなく、フランスなど海外での公演も何回か企画しましたが、当時のソ連政府からの招聘公演をサンクト・ペテルベルクとモスクワで実現できたのが思い出に残っています。その後、芸術団体の制作スタッフを対象として文化庁が開始した "アートマネージメント在外研修"に、女性としてはじめて派遣されて、1994年11月からの3カ月間に、カナダ、英国、フランス、ベルギーなど6カ国の20バレエ団を訪ずれました。訪問先では、公演を観るだけではなく、制作、教育、営業広報、支援など各セクションの現場を見てまわりました。また、各劇場のトップからも団体の運営方針や将来展望を聞く機会を得て、大変充実した日々を終えて帰国したわけです。

300名余のチームプレー ~総合芸術 "バレエ" を支えて~

新国立劇場には、開場前年の1996年から加わりました。 良いバレエ舞台を創るためには、芸術監督、指導者、ダンサー、および各部署のスタッフが一つの劇場を本拠に、長期にわたり継続的に公演を創り出すことが大変重要です。それによって、バレエ団のスタイルが統一され、団体のオリジナリティーを生み出していくのです。バレエ界は長年こうした劇場の誕生を待ち望んでいましたので、新国立劇場の開場は、その端緒を開くものと大変注目を浴びました。しかし、外国では劇場付きのバレエ団で作品を作ったり、将来ダンサーとなる才能を育てたりすることが普通であっても、日本には例のなかった形でしたので、新たな道を切り開くとはこういうことかと思うようなこともたくさんありました。

バレエは何よりもまず、自らの"身体"で表現する芸術ですので、ダンサーには系統だった地道な訓練の時間が必要です。劇場では、芸術監督と検討を重ね、将来にむけたレパートリー構想を立て、バレエ団の組織づくり、年間のリハーサル計画を進めます。また、舞台を完成させるためには100名近いダンサーや、振付家、美術デザイナー、リハーサル指導者、指揮者、オーケストラに加え、舞台を裏から支える舞台監督、照明、大道具、衣装や靴、カツラ等のスタッフまで、300余名が力を合わせます。そうしたすべてのスケジュール調整を行いながら初日の幕を開けます。

現場では不測の事態も発生します。一番大変なのは主要スタッフやダンサーの病気、ケガが発生した場合です。実際に、本番直前に外国人指揮者が肺炎で緊急入院となってしまい、急遽代わりの指揮者をお願いして幕を開けたことがありました。また、期待を一身に背負う主役ダンサーがケガで降板するとき、代役の決定をするのは劇場にとって大変辛いことです。ですから、毎日が無事に終わるとホッとするものです。


コスモ石油 中学生のためのバレエ「白鳥の湖」鑑賞のため会場に入る中学生たち。

客席で公演が始まるのを待つ中学生たち。

新国立劇場バレエ団「白鳥の湖」公演より。撮影:瀬戸秀美

新国立劇場外観

メインプロムナード

次世代プロジェクトは、劇場の生命線
~「白鳥の湖」を観た中学生から"バレエ不思議発見"が届いた~

劇場が、次世代教育~芸術家を育てること&観客を育てること~に力を注ぐことは、必須のことです。欧米のバレエ団や劇場には、常に、次世代に向けて劇場企画を実施する専任セクションが存在します。彼らは、「あらゆる教育プロジェクトは国の将来にかかわる重要案件」という認識を持って様々な企画を推進しています。また、実施にあたっては、芸術を等しく平等に全国に享受してもらうために、全国規模の企業から支援を受ける場合が多く見受けられます。

新国立劇場でも、2008年6月から次世代プロジェクトとして「中学生のためのバレエ」公演を開始しました。二回目となった2009年5月の「白鳥の湖」公演には、東京都下だけではなく、インターナショナルスクール、横浜、逗子、千葉の学校、また、遠く四日市からも修学旅行の日程に組み込んで劇場を訪れてくれる学校も出てきました。来年はもっと多くの学校に来ていただきたいと考えています。

公演当日の劇場は、劇場正面玄関からオペラ劇場ホワイエ、1階から4階までの座席に、若者の笑顔と熱気があふれます。楽しげに友人同士で話すエネルギーに圧倒されますが、幕が開くと一転して中学生たちは静まり返り、キラキラとした目で舞台を注視するのです。

実際に公演を観た中学校から"バレエ不思議発見"と題した感想文が送られてきました。中学生の目のつけどころは実に的確です。女子生徒だけではなく、男子生徒の感想にも唸ってします。子供は素直な心で芸術の核心をストレートに理解しますから本当の劇場芸術にこそ子供の頃から触れるべきなのでしょう。感覚の良さは大人以上かもしれません。

女子学生
『気持ちは言葉で表現するもののはずなのに、バレエにはなんでその一番大切なものがないのか不思議だった。でも、バレエを見たら、踊りだけでセリフがあるように物語がわかる。今、あの人はこんな気持ちなんだ!と想像もできた。セリフなしで見る人に伝えられる表現力は凄い。いや、セリフがないのがバレエの魅力なんだ!』
男子学生
『ナレーションは一つもないのに、踊りを見ていて話に夢中になってしまった。ナレーションがないからこそ、ひとつひとつの踊りに注目するからだと思った。』
男子学生
『ミュージカルや芝居はまずストーリーがあってバックに音楽がつくからセリフがないとわからない。でもバレエは音楽にストーリーがついている!だから、セリフは必要ないのだ!』
女子学生
『不思議なほど、ステージのダンサーとオーケストラ演奏者の息がピタット合う。その上、気がついたら自分もステージと息があっていた!』
男子学生
『大勢でやる演技や踊りの時に誰ひとりとしてずれがない。すごく沢山練習をしているに違いない。いや、練習だけでは決してないと思うほどのチームワークには、驚きを超えて不思議な気持ちになった。すごいスピードで踊っても誰ひとりとしてズレなくて、ピタッと止まるところではピクリとも動かない。踊っている人たちの一生懸命さと根性が見て取れた。』
男子学生
『一つ一つの演技は、人間がやっているとは思えないくらい綺麗だ。ダンサーの体はなんであんなに柔らかいのか?体に骨が入っていない?と思うほど。どんな練習をすればあんな風になれるのか?素晴らしい舞台の裏にはすごい努力があるに違いない!』
女子学生
『女性ダンサーのダンスに感動。トウシューズをはいて32回転したり、片足でバランスをとったりできること自体が不思議。「すごすぎ!!」と何度も心で叫びました。』
男子学生
『男の人の筋肉がすごい。女性はトウシューズを履いているが男性は履いていない。理由は、高いジャンプや女性を持ち上げることで、力強い男性らしさを表現するためではないか。言葉がなくても男らしさは出せると知った。』

世界が認める日本の持ち味「クール&エレガンス」
~9月には、劇場オリジナル『椿姫』をボリショイ劇場で上演~

新国立劇場バレエ団は、2009年秋に創立12年目を迎えます。現在までに上演した舞台は合計40作品、国別では露、英、米、仏、蘭、デンマーク、スペイン、日本という8カ国のバレエをレパートリー化しています。近年では、ダイナミックな創造力が世界でも高く評価されるまでになりました。

2008年2月には、米国ワシントンのケネディーセンターからの招きで日本フェスティバルに参加して初の海外公演を行いました。プログラムは、新国立劇場オリジナル「ライモンダ」(牧阿佐美改訂振付版)を是非上演してほしいという米国側のリクエストを受けて、「ライモンダ」と「ミックスプログラム」に決定しました。

また、今年9月にはロシア文化省から招待されてダンサー、スタッフ総勢約100名がモスクワに渡りバレエのメッカと云われるボリショイ劇場で公演することになっています。上演演目は、ロシア人が振り付けた古典でもアメリカのバレエでもありません。これも新国立劇場のオリジナルバレエで、牧阿佐美芸術監督が振り付けた「椿姫」です。上演にあたっては、スタイリッシュできめ細やかな舞台で日本人ならではの個性を発揮したいと強く思います。もちろん、それは新国立劇場バレエのモットーである「クールでエレガント」な舞台です。

さて、次回の「中学生のためのバレエ」は、今年9月にロシアで公演する「椿姫」をお見せしようと計画しています。皆さんが、"これぞ日本人のバレエ、新国立劇場ならではの舞台!"と評して下さっている舞台ですから、公演を観た中学生の方々から今度はどんな『バレエ不思議発見』を送っていただけるかと、今から楽しみにしています。

バレエの舞台で不変のものはほとんどありません。チャイコフスキーの「白鳥の湖」が不滅であるということは、レンブラントの絵画が不滅であるということとは異なるものです。美術館で鑑賞する絵画とバレエが明らかに違う点は、上演する時代ごとにダンサーが変わり、スタイルも良くなり洗練されていくこと、音楽の解釈も振付家によって変化することです。バレエは額に入れて飾っておける芸術ではないのです。時代や国によって観客の期待も変わります。各国のアーティストたちが自分の生きる時代を意識して、舞台上に喜びや悲しみを表現するとき、その時、その場でしか生まれない劇場芸術の醍醐味を観る方々に堪能していただけるのでしょう。

一生の間に、"人生を賭けられる何か"に一つでも出会えることは、なかなか難しいことだと思いますが、わたしが劇場の仕事を続けていきたいと思うわけは、"ここにしかない舞台の感動"を一人でも多くの方々に味わっていただきたい!!からかもしれません。

永田さんの写真

永田宜子

(ながたよしこ)
【Yoshiko Nagata】

プロフィール

早稲田大学教育学部卒。現在、新国立劇場舞踊チーフプロデューサー。

1988年、牧阿佐美バレエ団勤務。1996年まで同団が制作上演した舞台の企画・プロデュース・広報等を担当、この間に実施した海外公演をはじめとして、ゲストダンサー・振付家・美術家の海外からの招聘、支援、衣裳装置製作など国内外での事業を推進。1996年から新国立劇場に移り、新国立劇場バレエ団立ち上げ、97年の劇場開場以来現在にいたるすべてのバレエ公演活動に係る。

中野区教育委員会もみじ山ホール開館事業企画委員会企画委員(1991年)、社団法人日本芸能実演家団体協議会・芸能推進委員会委員(1991年)、文化庁・地域文化施設の在り方に関する調査委員会委員(1995年)等を務めた。最近では、東京外国語大学、武蔵野美術大学の特別講師、東急セミナー講師としてプロデューサーの目から見たバレエ舞台創りの魅力や舞踊鑑賞の楽しみ方について講義を行うなど、幅広く活動している。

新国立劇場 【New National Theatre, Tokyo】

千代田区隼町に在る国立劇場が、歌舞伎、文楽、日本舞踊など日本の伝統芸能を上演するのに対して、バレエ・オペラをはじめとする現代舞台芸術の上演を目的として1997年に渋谷区初台に創設されたのが新国立劇場である。バレエ、現代舞踊、オペラ、演劇の各ジャンルが年間を通じて公演活動を行うほか、将来のアーティストを養成するバレエ研修所、オペラ研修所、演劇研修所があり、情報センターも併設されている。建物は、モダンで美しい景観をもち、TVドラマやCM撮影スポットとしてもたびたび取り上げられている。劇場総敷地面積は28,688平方メートル。世界屈指の音響効果とハイテクを備えた舞台機構をもつ3つの劇場(オペラ劇場、中劇場、小劇場)を核にした世界でも例の少ない総合的劇場施設である。


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