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こうかんエッセイ 第21回 ~コスモと考えるフィランソロピーの今日・未来(あした)~

2007年10月29日Vol.21

アジアのすぐれた人形芝居の紹介を続けてきました。アジアの人形芝居?どんなもの?やっぱりアジアの子どもも人形劇が好き?実はアジアは人形芝居の宝庫なのです。

財団法人 現代人形劇センター 塚田千恵美

それも、主におとなのためのものとして、昔からアジア全域に広がって、土地の人々に愛されてきました。
日本には人形浄瑠璃・文楽がありますね。ユネスコのいわゆる「世界遺産」にもなった、世界に類をみないほど洗練された人形芝居です。それに加えて地方ではいまも伝統人形芝居の座が約120座ほど上演活動を続けています。いわば「人形芝居大国」なのですが、これは日本の特殊性というばかりでなく、アジアの人形芝居圏の一員である証、でもあるのです。この仕事を通して、アジアの人たちは共通するものを多くもった私たちの隣人、ということを実感してきました。

百聞は一見にしかず。
  土地の人たちの美意識や価値感がズバリとわかる

では、人形芝居はどんなところで演じられてきたのでしょうか。共通しているのは、土地の寺院です。そのお祭りのときに、境内で神仏に奉納するために上演されます。地域によって、芸能によっては、それに加えて結婚式などのお祝いごとに招かれることも。変わったところでは、タイやカンボジアでは葬儀や法事に演じられますし、インドでは雨乞いに演じられるというところもあります。つまり人々の素朴な信仰心に支えられ、人生の節目節目に演じられ、喜びや悲しみとともに生活の中で愛されてきたのです。本来は神様に向けて演じられるのですが、むしろ神様といっしょに楽しむ、という感じでしょうか。夜を徹して、場合によっては何夜も連続でおこなわれることもあります。

観客の層はといえば、どの土地でもまずは庶民のものです。ミャンマーのように王宮で愛されて高度に洗練されたものもありますが、これも多くの座があって王宮の他、やはり寺院のお祭りで上演されて庶民にも人気がありました。素朴な奉納芸の域を超えて、娯楽として発達し、文字通り「貴賤を問わず」ファンを獲得していたのです。

演じられるお話は土地に古くから伝わる神話や英雄譚などで、主人公はこどもからおとなまで広くおなじみのヒーローです。人形芝居の形式は、糸あやつり、片手遣い、影絵芝居、をはじめ、バリエーションに富んでいます。そして、人形の細工、衣装、装飾、楽器に歌、そして語り、すべてにその土地の美術工芸や音楽のエッセンスが凝縮して、高度に発達し、人形芝居はまさにその土地の文化を色濃く反映して輝く、人々のアイデンティティといっても過言ではありません。

人形芝居が「国民的伝統芸能」である
  インドネシアやミャンマー、台湾

日本では江戸時代に人形芝居(いまの文楽)が、歌舞伎と軒をならべて競いあい、一時は「歌舞伎があってなきがごとし」といわれるほど、人間の演劇を圧倒した時期があります。いっぽうその同時代の18~19世紀にミャンマーでも、きらびやかな糸あやつり人形芝居が、人間の演じる舞踊や演劇を凌ぐ人気を誇りました。人形の振りは舞踊にも影響を与えたと考えられていますし、いまでも歴史的観光都市であるマンダレーやパガンではホテルやレストランで上演が行われ、土産物屋には人形が並び、街で容易に目にすることができます。

インドネシアのジャワやバリでは、美しい影絵芝居がいまも芸能の中心にあって、多くの劇団が競いあい、ダランと呼ばれる語り手兼遣い手の主演者は、選挙の応援にかりだされるほど、大衆に影響力をもっています。台湾では19世紀に大陸から渡ってきた手遣いの人形芝居が人気を集め、時代とともに形を変えながらテレビ、映画にも進出し、昨年の台湾全土で行われたインターネット投票では、世界一のランドマークタワー”台北101”や”台湾料理”を押さえ、みごと「台湾のシンボル」の1位に選ばれているほどです。

またカンボジアの影絵芝居のように、内戦、虐殺という壮絶な歴史を耐え、平和が訪れるやたちまち復興の動きがはじまって、いまでは若い世代へと手渡され演じ続けられているものもあります。明日の生活が不安な中で人形芝居は、深く傷ついた人々の心のよりどころ、民族の誇りであったのです。

写真:
ミャンマーの糸あやつり
copyright 古屋均
写真:
台湾の布袋戯
copyright 古屋均
写真:
中国・泉州の糸あやつり
copyright 古屋均
写真:
ラオス国立人形劇場
copyright 木村洋一
写真:
カンボジアの大型影絵芝居スバエク・トムとそれを演じる長老
copyright 古屋均

招聘公演を通じて伝統の復興の現場に立ち会う
  カンボジアの影絵芝居の場合

こうした人形芝居を、1993年から毎年継続して招聘公演をおこなってきました。これまでに紹介した国や地域は、インド、インドネシア、カンボジア、ミャンマー、ラオス、中国、台湾。そして日本から信州の伝統人形芝居も、アジアの芝居としての切り口でラインナップに加えました。すべて自分で現地に出向き、その風土の中で、自分で見て、感じて決めてきました。

選択の基準は、数ある人形芝居の中でも、文化や風土の違う日本で、いま、おもしろい、刺激的であること、です。でもけっして豊かな国日本が、他国の芸能を消費するという立場をとってきたわけではありません。

1997年には、先に触れたカンボジアの影絵芝居を招聘しました。幻想的で壮麗な大型の影絵芝居です。当時はまだ内戦の傷跡の生々しく残る時代で、本来の伝承地のアンコール地方では、生き残りの長老は健在ながら、影絵芝居は久しく上演されず、その弟子筋にあたる国立劇場が首都プノンペンで現代的アレンジを加えた短いバージョンをかろうじて演じている状態でした。アンコールの地で、3年ぶりという長老たちによる上演を見せてもらい、プノンペン国立劇場版も見た上で、もとの流れはひとつである二つのグループの合同公演を行うことにしました。すぐれた芸能でありながら、長老の一座は単独での上演には耐えられない状態でした。もっとも長い歳月のうちに、両者の方向性はいろいろと違ってきていて、遣い手の身体の動き、基本姿勢も違います。また長老の一座は7日7夜をかけて長い物語を演じるのに対し、国立劇場はエッセンスを1時間でみせるというぐあいです。それを乗り越えるべく、長老一座がプノンペンに泊まり込み、両グループが3週間連日の稽古をおこなって、日本公演バージョンをつくりあげました。私もそのうちの1週間、毎日稽古に立ち会いました。ほんらいは長老を師としながら、隔たってしまった表現の方向性。長老のいらだち、厳しい指導、稽古の現場は緊張の日々が続きました。

日本公演は、さすがに7日7夜というわけにはいきませんから、国立劇場のディレクターによる90分の作品とし、精神や表現の手法、技法は長老を最大限に尊重することを、創造の基本としました。公演はこの演者の熱意と自分たちの文化への誇り、そしてカンボジア社会の復興のいぶきを熱く伝える舞台として、多くの観客から支持を得ました。長老の稽古に耐えて、典雅でありながら力強い演技を見せてくれたからこそ生まれた感動だったと思います。

この企画を決定する段階では、これは外国人のおせっかいではないのか、現地の事情を無視した僭越な行為ではないのかと、悩みました。が、両者の上演を見、彼らの話しを聞くうちに、「それをやってもいいんだ」と思うにいたりました。詳しくお伝えする余裕がありませんが、長年上演の機会を奪われてきた長老の中に、演者としての「血」が騒ぎだす、そのドクドクと流れはじめる音が聞こえてきた瞬間があったのです。

いまを生きるための劇団の奮闘、アジアの人形芝居の未来へ
  4カ国共同ワークショップと学校交流公演

問題をかかえているのはカンボジアばかりではありません。それぞれの歴史的、社会的事情、または近代化とともに伝統文化を支えてきた地域社会が急激に変貌し、人々の意識が変わる中で、どの国や地域でも、伝統人形芝居は厳しい状況におかれています。観光に活路を開くミャンマー、劇場芸術化と海外公演で活性化を図る中国(泉州の糸あやつり)、テレビや映画、DVDなどのメディア進出で商業的成功をおさめる台湾、伝統的精神世界を新しく自由な現代的作品で表現するラオス、孤児たちの劇団が誕生しアートセラピーとしても活用されるカンボジアの(小型)影絵芝居・・・これを書いているいまも、同時代の人たちの心を捕らえるために、演者たちはそれぞれに工夫をこらした活動で、まさに奮闘中です。

私たちは彼らと、いっしょに伝統を未来へ拓くためにいっしょに仕事をしていこうと考えています。なぜなら、日本も含めたアジアの人形芝居には、経済効率が優先する社会の中で見失われがちな、たいせつなものが生きていると考えるからです。人間の力を超えたものへの恐れと謙虚さ。それが人形芝居の創造のベースとなり、強いパワーを発散しているのです。

[東南アジア+日本の共同ワークショップ]
今年3月にはユネスコアジア文化センターとの共催で、東南アジア3カ国の劇団に日本の伝統と現代、それぞれの劇団を加えた共同ワークショップを開催しました。参加劇団がそれぞれに発見しあい、元気を与えあった創造的な試みになったと自負しています。

[学校交流公演]
また、数年前から招聘の際に、学校での交流公演をプログラムに加えています。

これまでの経験から、やはり異文化への理解、特に欧米に比べていまだに情報が少なく、関心が高いとはいえないアジアへの理解は、感性が柔らかい若い世代から必要だと痛感するようになったからです。冒頭に書いたように、人形劇は隣近所のアジアの人たちを知るための絶好のアイテムなのですから。現在は、国際理解のためのコースやカリキュラムをもつ総合高校を対象にしています。上演に加えてそれぞれの国や生活についてのお話や、人形や楽器の説明、簡単な人形体験など、従来の「鑑賞教室」を超える、演者とのふれあいをたいせつにするプログラムです。芝居を知るだけではなく、悩みながら伝統をいまに生かそうと努力する人形遣いたちを、同時代人として感じてもらいたいのです。実際に、柔軟な発想の先生たち、そして生徒たちの強い好奇心とそれを愉快に受けとめる演者たちによって開放的な雰囲気で進められてきました。今年は地元である神奈川県下5校で開催します。

息の長い種まきかもしれませんが、人形芝居を通して、演者との交流を通して、ほんとうの意味でのグローバルな視野をもった世界が実現していくためにささやかながら、働いていきたいと思っている、といったらちょっとおおげさに過ぎるでしょうか?

<お知らせ>

シリーズアジアの人形芝居part13 南インドの糸あやつり ヤクシャガーナ・ゴンベヤータ公演
日時 場所
2007年11月17日 (土曜日) 14時 川崎市国際交流センター
2007年11月23日 (金曜日・祝日) アサヒ・アートスクエア (東京)
2007年11月25日 (日曜日) 川崎市アートセンター
南インドのカルナータカ州に伝わり20世紀に復興をとげた
人形芝居の日本初公演。
(このほか、神奈川県下5校で学校交流公演・非公開)

お申し込みとお問い合わせ:
財団法人 現代人形劇センター
電話: 044-777-2228  E-mail: mailto asia@puppet.or.jp
copyright 古屋均
プロフィール
塚田 千恵美
【Chiemi Tsukada】

東京生まれ。十代の頃に文楽に強く惹かれ、人形のもつ表現の可能性を感じるようになる。大学で人形浄瑠璃を学び、現代人形劇センターで、現代から伝統までの人形劇を対象に、公演や展覧会の制作の仕事に携わる。特に1993年からアジアの人形芝居の招聘シリーズを継続。そのほか、シンポジウムやワークショップなどで、ジャンルを超え、伝統と現代をつないで新しい作品づくりをさぐる試みを模索中。
現代人形劇センター理事

〒211-0035 川崎市中原区井田3-10-31
財団法人 現代人形劇センター
http://www.puppet.or.jp

本文ここまで

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