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No.42 MAY 2002/特集 
特集 雨
四季の雨暦
草花や作物、色の名をもつ雨、喜怒哀楽をあらわす雨、卓抜な比喩にもとづく雨もある。
詩人 高橋順子

 「春雨」「さみだれ」「梅雨」「夕立」「秋ついり」「しぐれ」……この国にはさまざまな雨の名前がある。たとえば「梅雨」だけでも、その時期や降り方によって十以上に細分化される。梅雨入りの前に見られる、それらしい天候は「走り梅雨」、本格的な梅雨入りの前に二、三日つづく雨が「迎え梅雨」、梅雨の後期の集中豪雨は「荒梅雨」や「暴れ梅雨」、最後期に雷をともなって強く降るのが「送り梅雨」、明けたと思っていても戻って来るのが「戻り梅雨」「返り梅雨」である。いずれも濃(こま)やかな命名である。
 ザーッと烈しく降ってはサッと止むことを繰り返す明快、陽性型の梅雨を「男梅雨(おとこづゆ)」、しとしとと長く降り続く型は「女梅雨(おんなづゆ)」というが、いずれも一時代前につくられた男女のイメージに拠っている。こういうのは死語になりつつある。「青梅雨」は木々の青葉をなお鮮やかに、色を濃くして降る雨である。こういう梅雨なら一日中降り込められていてもいい。ほかに「蝦夷(えぞ)梅雨」「空(から)梅雨」などがある。
 草花や作物、色の名をもつ雨、喜怒哀楽をあらわす雨、卓抜な比喩にもとづく雨(銀箭(ぎんぜん)、鍋割(なべわり)、姉こ天気、大車軸(おおしゃじく)……)の名前もあるが、楽しいのは動物の名をもつ雨で、いずれもユーモラスな表情をたたえている。動物たちがまだ人の近くに棲息していたころは、雨の名前にも彼らの名が反映されることがあったのだ。たとえば以下のようなものがある。

蛙目隠(かえるめかくし) 新潟県東蒲原郡の言葉。春になって農作業が始まるころに降る雨。春の季語に「蛙の目借時(かわずのめかりどき)」という言葉があり、晩春、雨の降る晩などに眠くなることをいう。蛙に目を借りられるからだという。蛙は張り切ってオーケストラだが、人は農作業に疲れて眠気をさそわれる雨。
狐雨(きつねあめ) 日が照っているのに、降り落ちる小雨。狐は人を騙し、からかうという言い伝えからきた言葉だろう。「狐の嫁入り」とも。
牛脊雨(ぎゅうせきう) 牛の背の片一方は雨、反対側には日が差しているという意味で、晴雨域をはっきり分けて降る雨をいう。
虎が雨(とらがあめ) 陰暦5月28日に降る雨。「虎」は曽我兄弟の兄十郎の愛妾の名。十郎の討たれた日、虎御前の流す涙である。
分龍雨(ぶんりょうのあめ) 陰暦5月に降るにわか雨。急な大雨で、龍が別れて棲むからだという。
鷹渡り(たかわたり) 宮崎県東諸県郡で、鷹が南へ渡るという9月末ころの長雨。
猫毛雨(ねこんけあめ) 佐賀県唐津市などで、小雨。宮崎県日向で、霧雨のこと。
丑雨(うしあめ) 丑の刻(午前2時ころ)に降り始める雨。一日中降るといわれる。「子は長し、丑は一日、寅は半、卯は一時」というのは、時刻と雨が降り続くか否かをいっている。「卯の時雨(うのときあめ)」は午前6時ころの「朝雨」で、すぐに止むといわれる。

 雨や水がいやなものを洗い流してくれるという考え方に添った命名も印象的である。

御山洗(おやまあらい) 富士山麓地方の言葉。毎年富士閉山のころに降る雨。「富士の山洗」ともいう。
洗車雨(せんしゃう) 陰暦7月6日の雨。一説に7日。牽牛が織女との逢瀬のために乗る牛車を洗う水が雨となって降る。
洗鉢雨(せんぱつう) 陰暦7月16日の雨。盆行事につかった鉢など道具類を洗ってくれる雨。
鬼洗い(おにあらい) 大晦日に降る雨のことで、「鬼やらい」にあやかってのものか。
不浄流し(ふじょうながし) 熊本県玉名郡で、祭礼直後に降る雨。「高野(こうや)のお糞流し」などという雨の降る地方もある。

 こうして雨の名前を並べるだけで、身近に雨の気配がたちこめ、一息ついた気分になるというものである。

【Junko Takahashi】
1944年千葉県生まれ。東京大学仏文学科卒。「歴程」同人。出版社勤務を経て、法政大学日本文学科非常勤講師となる。著書に詩集『幸福な葉っぱ』(現代詩花椿賞受賞/書肆山田)『時の雨』(読売文学賞受賞/青土社)評論『連句のたのしみ』『富小路禎子』(ともに新潮社)、『雨の名前』(佐藤秀明写真・小学館)、最新刊の『風の名前』(同)がある。


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