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No.40 OCTOBER2001/特集 
風号 ヒマラヤ 風の回廊
なぐりつけるような烈風、小石、砂塵、雪解水が礫のように襲ってくる。
フォトジャーナリスト 小松健一

 「ヒマラヤの風の回廊」──もう10数年前になろうか。ヒマラヤ山脈の北側にあたるネパール王国・ムスタン地方の街道を私はそう名付けた。
この地方は西ネパール屈指のカリガンダキ川の谷間に沿って開けた地域で、東にはアンナプルナ山群、西にはダウラギリ山群の8000メートル級の嶺々がそびえ、V字型に深く切れ込んだ谷底に位置している。そしてこの川筋はかつてヒンドゥスターン平原からチベット高原に通じる重要な交易路として栄えた。
 ヒマラヤの稜線を越えたチベット高原には、良質の岩塩がある。その岩塩と遊牧民が作ったバターやチーズなどを下界に運び、大麦などの農産物と交換するのである。このヒマラヤ越えのルートを人びとは「塩の道」とよんだ。
 カリガンダキ川筋にある村々にはチベット仏教ニンマ派の開祖パドマサンバヴァが5つの聖遺物を納めたという霊場がある。またヒンドゥ教の最高地にある聖地として知られるムクティナートもある。そして百年前に日本の僧侶川口慧海(えかい)が修行しながらラサへ向かった道程でもあった。遥かインドをはじめ多くの人びとがいまも行き交う巡礼の道である。
 川岸を縫うようにムスタンの王都ローマンタンへ続く道の前途に広がる標高3~4000メートルの風景は、ヒマラヤ造山活動で出現した巨大な岩盤と砂の茶褐色の大地だ。
「ムスタン王国」の玄関口、カグベニ村は風の通り道。かつてカグ王朝の中心として栄えたこの村は、王城のたたずまいがある(筆者撮影)。
 この地は、夜明け前から午前九時頃までは菩提樹の葉ひとつ揺れない無風状態にある。隊商の馬も、巡礼者も、トレッカーも、そして地元の人びとも皆移動するのは午前中が勝負。ムスタンの中心地のジョムソンの川原にある小さな空港に飛んでくる飛行機も早朝から9時頃までが唯一の稼ぎ時である。
 正午からカリガンダキ川の流域は一変する。川下から川上へなぐりつける様な烈風が吹き出すのだ。何度か午後歩くはめになったことがあるが、小石、砂塵、雪解水が礫(つぶて)のように全身を襲ってくるので、まともに歩けない。強風の度に岩陰にかくれたり、背中を丸めてしゃがみ込んだり大変な思いをした。
 不思議なことに太陽が白い嶺々に沈むと風は止み、ヤクの油の灯芯がジリジリと燃える音が聞こえる程の静寂が訪れる。これが毎日定期便の様にくり返されるのである。
 秋桜砂塵の村の昼深し  健一

【Kenichi Komatsu】
1953年岡山県生まれ。現代写真研究所研究科卒。新聞記者などを経て、フリーランスのフォトジャーナリストに。世界の厳しい風土の中で自然と共生する民族の暮らしをとらえることをライフワークとし、さらに日本人の暮らしと風土や環境問題などのテーマを追い続けている。著書に『秘境ヒマラヤ 父と子の旅』(高文研)『雲上の神々?ムスタン・ドルパ』(写真集/冬青社)『写真紀行 三国志の風景』(岩波新書)など多数がある。


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